くろたかの目指せ!中小企業診断士

独学で中小企業診断士を目指す中年のブログです。まあ、モチベーションを維持して頑張ります。

うーん、義(義は人の道なり)

くろたかです。
さーて、第一弾ですね。
「義」ってのは、武士の持つ掟の中で最も厳格なものなんですよ。
本には義の概念は人によっても違うもので概念的に非常に狭いと書いてあります。
しかしながらそれは人の言うところの骨に当たり、なくてはならないものとされており、いくら才能や学問があっても義(節義)がなければ、武士ではないと書いています。
本の中で私が感銘を受けたのは、義の派生語である「義理」について。
義理とは「正義の道理」であるという一文があります。
「義理と人情を秤にかけて」なんて言葉があるのですが、僕って別の意味に取っていたなって思いました。
あの人には、昔世話になった義理があるからとか、恩と義理を一緒にしていた自分に気が付いたのです。
それまで世話になった先輩には、恩があるからと言いたいことも言わずに来ました。
それが恩に報いることだと自分で自分をごまかしていたのです。
でも武士道を読み思ったのです。
受けた恩は忘れずに大事にする、しかし本当に先輩のことを大事に思うなら過ちがあると思ったときは、義理に従いその過ちを正すべきだ。
弱い自分を振るいだたせるのは、「正義の道理」なのだと。
「正義の道理」とは、松下幸之助さんの「お天道さまが見ている」と言葉に通じるものがありますね。
むかし、道徳の時間などに習った。これってこうすべきっていう感覚。
自分の中にある正論や正義。
これって自分が今まで生きてきて身に付けた自分の中の正義なのです。
大人になって見に付けた実際はそうじゃないとか、現実は甘くないとかいう逃げ口上。
全てまずは、ピンときたことを自分の「正義の道理」だと信じて義理を貫こう。
自分に自信が無くても良いじゃないか、これは「正義の道理」が自分にこうしろと命じているのだ。
こう思ったときに、私は何かを決断する時に周りを見るのをやめました。
自分に問うのです。
くろたかお前はどう思う?、損得ではなく自身はどう思うのだ?、それはお天道さまに向かって言える言葉か?
いつもこう問いかけます、そして決断するのです。
それ以来、年上の人だというだけで物事を遠慮するのはやめました。
勿論、年の功と言うくらいですから敬語で話します。
しかし、義理に従わぬことはやりません。
「正論か?何を偉そうに、偉くなったもんだな、くろたか。」
そう言われても動じなくなりました。
私にとっての正義は、「誰に左右されることもなく今までの自分の経験から感じるこれが正しいだろってまず思い浮かんだこと」それだけなのです。

↑それ「せいぎ」じゃなくて「まさよし」な。


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